昨日、日本ゲーム大賞2026の「ゲームデザイナーズ大賞」授賞式で、この賞を創設した桜井政博プロデューサーが、最後の開催となる今回の総括のスピーチで、ゲームの独創性について語った言葉に強く共感した。
「独創性をテーマにして賞を与えることができるというのは、どうしても人気になりがちなゲーム大賞において、別の評価軸を与えることができたのではないか」
続けて、桜井さんはかなり残酷で、しかし非常に現実的な言葉を口にした。
「独創性ってあんまり売上に影響がないんですね。もう優先度としてはゲロだと思っています。」
桜井さんはさらに、コンビニの飲料を例に挙げた。新商品が出るたびに片っ端から試し飲みする人は、実はごく少数派だ。多くの人はむしろ、次第に自分の慣れ親しんだ選択へと戻っていく。
「慣れれば慣れるほど定番に近づくというか、好みの味が好みの期待通りの味であることを望まれる」
この指摘は、クリエイティブ産業が抱えるとても興味深い矛盾を突いていると思う。私たちはよく「プレイヤーは新しいものを求めている」と言うが、実際の消費行動を見ると、多くの人はやはり自分がすでに好きだと分かっているジャンルや遊び方、体験を選ぶ傾向にある。ビジネスの観点から見れば、すでに成功が実証された設計を踏襲するのは非常に合理的な判断だ。
しかし桜井さんは続けてこう語った。
「ですが、こういった独創性みたいなものを失った業界というのは、やっぱりゆっくりと死んでいくだけなんですね。」
「今までも新しい発明があり、新しい喜びがあり、そういったものを開拓した人がいるから、今の業界が成り立っている」
そして今年、同時に最後の開催となった「ゲームデザイナーズ大賞」の受賞作は、まさにこの言葉を体現するような作品だった——台湾のインディースタジオTeam9による『文字遊戯』だ。「独創性」を第一の評価基準とするゲームデザイナーズ大賞において、審査で圧倒的な票数を獲得した。公式の講評はこう締めくくられている。
「生まれ難く、真似できない」
それは、すでに市場で成功が証明されたジャンルを見つけて既存の公式をより完成度高く仕上げた作品ではないかもしれない。むしろ「文字そのものがゲームの世界だったらどうなるか?」というアイデアが先にあり、そのアイデアを本当に一本の完成されたゲームとして作り上げるために力を注いだ作品だ。
桜井さんは最後にこう言葉を残した。
「新しさや独創性、その作品にしかないものみたいなものに目を向けていただければ幸いです。」
『文字遊戯』が最後の受賞作品となったことは、まさにこの考え方を最も直接的に体現していると言えるだろう。
私はこの桜井さんの主張に強く共感する。特に今、ゲーム開発の規模とコストはますます大きくなり、失敗のリスクも高まる一方だ。ビジネスの観点から見れば、すでに市場で実証された遊び方やテーマ、デザインを選ぶのは十分に理解できる判断だ。さらに厄介なのは、桜井さんが言うように、市場そのものが必ずしも「独創性」に報いるとは限らないということだ。プレイヤーは口では見たことのない新しいものを求めていると言うかもしれないが、実際にお金を払う段になると、やはり自分がよく知っていて、どんな体験が得られるかだいたい予想できる作品を選びがちだ。
だからこそ、桜井さんのこの言葉の本当に興味深いところはここにあると思う。独創性は必ずしも売上につながるとは限らないが、独創性を失えば、産業全体はやがて前に進む方向を見失ってしまう。今日私たちが当たり前だと思っているゲームのジャンルやシステム、遊び方も、かつて誰かがまだ市場で証明されていない新しいことに挑戦した結果生まれたものだ。もし誰もが、すでに成功が証明された答えだけを選ぶようになれば、短期的には完成度が高く面白い作品を作り続けられるかもしれない。しかし長期的に見れば、このメディア自体が、次の新しい「当たり前」を生み出しにくくなっていくだろう。
『文字遊戯』のような作品の存在は、まさに私に思い出させてくれる。ゲームにはまだ、私たちが「こんな遊び方があったのか」と気づいていない可能性がたくさんあるということを。ゲーム開発者の一人として、私自身も一つのことを忘れずにいたい。この作品には、「この作品にしかないもの」が何かあるだろうか?